映画『ラストソング』上映会 [セレンディピティ]
今日は、野沢尚先生が脚本を書かれた映画『ラストソング』の上映会に参加してきました。野沢先生の作品との出会いは『恋人よ』の小説でした。そして、それから随分経って、韓国ドラマ『恋愛時代』の原作が野沢先生だと知り、同じso-netに先生のサイトがあったことを知ったのがつい昨年のことでした。この2作品は原作を読み、ドラマも見たのですが、あとはドラマ『眠れる森』を見たくらいでした。そして、今日野沢先生のもう1つの作品・映画『ラストソング』を見ることができました。
今日は珍しく陽射しが出て暑いくらいの陽気でした。上映会は成城にある東宝撮影所の試写室で行われるので、私は”成城ウォーキングツアー”と勝手に命名して(笑)イギリス風やら、スイス風やら、純日本風な豪邸を眺めながらテクテク歩いて行きました。まったく知らない土地なのに、地図も持たず、ただひたすら「成城学園駅」を目指していた私でしたが、なんと!計らずも目の前に「東宝撮影所 正門」が現れ、これにはビックリ!まるで、正門にいるゴジラに導かれたよう・・・(笑)
受付は13:30からだったのですが、もう13時頃から参加者の方が現れ始め、入場タグ(奥様の手作りです!)とこれまた奥様手作りの当時のパンフレットのカラーコピー、さらに!今日の日のために野沢先生のご友人の方が作られた、「第一回 野沢作品上映会」と刷り込まれた封筒が手渡されました。今日の作品『ラストソング』の写真や、日付なども入っており、本当に貴重なものを頂いた上に、東宝撮影所の試写室という、一般の人は入れない場所で、フィルムで映画を見せていただけるなんて、しかも無料なんですよ!!本当に参加できて良かったです。
試写室はだいたい70席ほどあり、最初に野沢先生のご友人の方が今日の進行役を引き受けてくださりました。そして野沢先生の奥様からのご挨拶(本日は奥様の他、野沢先生のお母様と娘さんも参加されていました)さらに映画『ラストソング』の関係者で、現在はこの東宝の専務をされている方からのご挨拶。この方のご尽力で、この場所をお借りすることができたとのことです。本当に貴重な機会をいただけてありがとうございます!
映画『ラストソング』は1990年に企画され、1993年に撮影を開始し、1994年の春に公開されました。その公開当時、私はTVでの予告編で見た吉岡秀隆君(稲葉一也 役)の印象が強烈で、彼が主役の映画だと勘違いしていたのですが(笑)本編を見て、本木雅弘さん(八住修吉 役)が主役なのだとわかりました。そしてもう一人の主人公は安田成美さん(庄司倫子 役)今から15年前の映画なので、映画には懐かしい風景が広がっていました。私は、はっきり言って主人公達を演じた俳優さんと同世代といえるので(苦笑)服装や、寝台列車や、携帯電話もないあの時代を理解できるのですが、今現在の世代の方達にはどう映ったのだろう?と思いました。
元々は映画『死刑台のエレベーター』のように1日の出来事の中でいろんなことがある、という玄人受けする企画(笑)だったものが、「ミュージシャンを目指す若者が、都会に出てきて味わう栄光と挫折」というよくある青春ものの企画に変わったそうです(笑)でも、それがありきたりの話ではないのが野沢先生の脚本だからです。特に主人公の修吉のキャラクターは絶妙で、私個人は本当にこれほどの荒くれ者が存在したら、絶対に友達になりたくないタイプ(苦笑)なのですが、不思議と憎めないのです。
修吉の態度は過激で乱暴で、話す言葉はぐっさりと胸に刺さるものばかり。でも倫子が恋した彼のあの優しい歌声、一也が惹かれた彼の強さなど、野沢先生が描いた修吉は、セクシーで、感情をぶちまけ、周りの人に迷惑をかける。でも本当は、友達の才能を誰よりも信じ、友達を心から愛した人物。この強烈なキャラクター設定と、ひねられた物語。全編を通して野沢先生のこだわりが溢れた作品だと思います。「西武球場」の謎は解けましたが(笑)「ラ・ボエーム」や「浜辺の歌」など、何故この映画に使われたのか、いつか聞いてみたいものばかりでした。
映画終了後、当時のプロデューサーの方が野沢先生とのたくさんの興味深い話をしてくれました。その中のひとつに映画に携わった人達は映画の初日にはよく見に行くことはあるけれど、映画の最終日には見に行くことは少ない。自分と野沢さんはこの映画『ラストソング』の最終日、最終の上映時間に見に行ったが、終了後ライトが点くと他のスタッフも見に来ていた。撮影中も何度か現場を訪れた野沢さんにとって、オリジナル脚本映画の中でもこの映画はある意味格別なものがあったのではないだろうか、と。
もう1つ会場の笑いを誘ったのは、劇中の歌について。主人公・修吉が歌う歌は実は最後のテロップを見て初めて知ったのですが、辻仁成さんが作詞・作曲していたのです。プロデューサーの方も劇中の歌でも「うれなさそうな歌」(苦笑)の作成を依頼するのは大変だったようです。でもその当時辻さんがその仕事を引き受けてくれたのだそうです。辻さんは今となっては売れっ子ですが、意外なところで、意外な仕事をしていたのですね。
会場から「一也のキャラクターについて、誰か参考にした人は?」の質問に「特定の人はいませんが、長渕剛とか、矢沢永吉とか、そんなイメージ」とおっしゃっていましたが、私の中では劇中の一也の歌のシーンは尾崎豊を彷彿とさせました。「劇中、修吉が口癖で言う「西武が身売りした西武球場」ですが、映画の中には出てきませんでしたね」の質問には、撮影当時はちょうどシーズン中で、球場が使えなかった。実際指摘される懸念はしていたが、でも野沢さんはこのキャラクターにこの台詞を言わせたかった。こだわりがあった」とお話されていました。
最後に野沢先生の奥様から今日参加されたお一人、お一人に手渡しで記念品として、生前野沢先生が愛用されていたペンと同じものが配られました。このメーカーのこのペンしか使わなかったという貴重な品です。たくさんの方達が奥様にお花やお土産を渡したり、温かい声を掛けられていました。そして試写室を出た後、最後ゴジラの前で全員で記念撮影!今日の上映会の模様はNHKハイビジョンの特番で、6月末に放送される予定とのことです。また野沢尚公式サイトblog(http://nozawahisashi.blog.so-net.ne.jp/)にも今日の上映会の詳細が掲載される予定です。
帰宅後、いただいた当時のパンフレットをじっくり読んでみると、野沢先生のコメントが掲載されていました。映画は80年代を舞台にしており、公開当時は90年代。自分と同じぐらい年齢になっている主人公達を思い、彼らにとって忘れられない時期を一緒に過ごした相手に対し、また会いたいか?と問う。だが野沢先生は「大切だったあの人に再会できないのは寂しいことかもしれないが、その代償として、時がたつほど美しく育つ記憶という、何よりも得難たい宝石を持つことができる。彼らは青春時代という宝石の置き場所をちゃんと心得ている人間たちだ」と話されていました。
この作品を、今この時期に見れて良かったと思います。それは当時だったら理解できなかったことがたくさんあると思うからです。そして新たな発見もありました。特に映画の中で語られたキャラクター達の激しさ、強さ、弱さ、を表す言葉の数々。映画の中の台詞に魅了されてしまいました。私が知っている今までの恋愛ものとは違う、野沢先生の作品を見ることができて本当に感謝しています。
野沢先生が亡くなられて、早4年が経とうとしています。今日の上映会は、ご家族にとっても、ご友人にとっても、関係者にとっても、大きな意味を持つ上映会だったのだと思います。今日の開催にあたり、奥様のご尽力はもちろんのこと、上映会開催にご協力いただいた全ての方々に心から感謝の意を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
今日は珍しく陽射しが出て暑いくらいの陽気でした。上映会は成城にある東宝撮影所の試写室で行われるので、私は”成城ウォーキングツアー”と勝手に命名して(笑)イギリス風やら、スイス風やら、純日本風な豪邸を眺めながらテクテク歩いて行きました。まったく知らない土地なのに、地図も持たず、ただひたすら「成城学園駅」を目指していた私でしたが、なんと!計らずも目の前に「東宝撮影所 正門」が現れ、これにはビックリ!まるで、正門にいるゴジラに導かれたよう・・・(笑)
受付は13:30からだったのですが、もう13時頃から参加者の方が現れ始め、入場タグ(奥様の手作りです!)とこれまた奥様手作りの当時のパンフレットのカラーコピー、さらに!今日の日のために野沢先生のご友人の方が作られた、「第一回 野沢作品上映会」と刷り込まれた封筒が手渡されました。今日の作品『ラストソング』の写真や、日付なども入っており、本当に貴重なものを頂いた上に、東宝撮影所の試写室という、一般の人は入れない場所で、フィルムで映画を見せていただけるなんて、しかも無料なんですよ!!本当に参加できて良かったです。
試写室はだいたい70席ほどあり、最初に野沢先生のご友人の方が今日の進行役を引き受けてくださりました。そして野沢先生の奥様からのご挨拶(本日は奥様の他、野沢先生のお母様と娘さんも参加されていました)さらに映画『ラストソング』の関係者で、現在はこの東宝の専務をされている方からのご挨拶。この方のご尽力で、この場所をお借りすることができたとのことです。本当に貴重な機会をいただけてありがとうございます!
映画『ラストソング』は1990年に企画され、1993年に撮影を開始し、1994年の春に公開されました。その公開当時、私はTVでの予告編で見た吉岡秀隆君(稲葉一也 役)の印象が強烈で、彼が主役の映画だと勘違いしていたのですが(笑)本編を見て、本木雅弘さん(八住修吉 役)が主役なのだとわかりました。そしてもう一人の主人公は安田成美さん(庄司倫子 役)今から15年前の映画なので、映画には懐かしい風景が広がっていました。私は、はっきり言って主人公達を演じた俳優さんと同世代といえるので(苦笑)服装や、寝台列車や、携帯電話もないあの時代を理解できるのですが、今現在の世代の方達にはどう映ったのだろう?と思いました。
元々は映画『死刑台のエレベーター』のように1日の出来事の中でいろんなことがある、という玄人受けする企画(笑)だったものが、「ミュージシャンを目指す若者が、都会に出てきて味わう栄光と挫折」というよくある青春ものの企画に変わったそうです(笑)でも、それがありきたりの話ではないのが野沢先生の脚本だからです。特に主人公の修吉のキャラクターは絶妙で、私個人は本当にこれほどの荒くれ者が存在したら、絶対に友達になりたくないタイプ(苦笑)なのですが、不思議と憎めないのです。
修吉の態度は過激で乱暴で、話す言葉はぐっさりと胸に刺さるものばかり。でも倫子が恋した彼のあの優しい歌声、一也が惹かれた彼の強さなど、野沢先生が描いた修吉は、セクシーで、感情をぶちまけ、周りの人に迷惑をかける。でも本当は、友達の才能を誰よりも信じ、友達を心から愛した人物。この強烈なキャラクター設定と、ひねられた物語。全編を通して野沢先生のこだわりが溢れた作品だと思います。「西武球場」の謎は解けましたが(笑)「ラ・ボエーム」や「浜辺の歌」など、何故この映画に使われたのか、いつか聞いてみたいものばかりでした。
映画終了後、当時のプロデューサーの方が野沢先生とのたくさんの興味深い話をしてくれました。その中のひとつに映画に携わった人達は映画の初日にはよく見に行くことはあるけれど、映画の最終日には見に行くことは少ない。自分と野沢さんはこの映画『ラストソング』の最終日、最終の上映時間に見に行ったが、終了後ライトが点くと他のスタッフも見に来ていた。撮影中も何度か現場を訪れた野沢さんにとって、オリジナル脚本映画の中でもこの映画はある意味格別なものがあったのではないだろうか、と。
もう1つ会場の笑いを誘ったのは、劇中の歌について。主人公・修吉が歌う歌は実は最後のテロップを見て初めて知ったのですが、辻仁成さんが作詞・作曲していたのです。プロデューサーの方も劇中の歌でも「うれなさそうな歌」(苦笑)の作成を依頼するのは大変だったようです。でもその当時辻さんがその仕事を引き受けてくれたのだそうです。辻さんは今となっては売れっ子ですが、意外なところで、意外な仕事をしていたのですね。
会場から「一也のキャラクターについて、誰か参考にした人は?」の質問に「特定の人はいませんが、長渕剛とか、矢沢永吉とか、そんなイメージ」とおっしゃっていましたが、私の中では劇中の一也の歌のシーンは尾崎豊を彷彿とさせました。「劇中、修吉が口癖で言う「西武が身売りした西武球場」ですが、映画の中には出てきませんでしたね」の質問には、撮影当時はちょうどシーズン中で、球場が使えなかった。実際指摘される懸念はしていたが、でも野沢さんはこのキャラクターにこの台詞を言わせたかった。こだわりがあった」とお話されていました。
最後に野沢先生の奥様から今日参加されたお一人、お一人に手渡しで記念品として、生前野沢先生が愛用されていたペンと同じものが配られました。このメーカーのこのペンしか使わなかったという貴重な品です。たくさんの方達が奥様にお花やお土産を渡したり、温かい声を掛けられていました。そして試写室を出た後、最後ゴジラの前で全員で記念撮影!今日の上映会の模様はNHKハイビジョンの特番で、6月末に放送される予定とのことです。また野沢尚公式サイトblog(http://nozawahisashi.blog.so-net.ne.jp/)にも今日の上映会の詳細が掲載される予定です。
帰宅後、いただいた当時のパンフレットをじっくり読んでみると、野沢先生のコメントが掲載されていました。映画は80年代を舞台にしており、公開当時は90年代。自分と同じぐらい年齢になっている主人公達を思い、彼らにとって忘れられない時期を一緒に過ごした相手に対し、また会いたいか?と問う。だが野沢先生は「大切だったあの人に再会できないのは寂しいことかもしれないが、その代償として、時がたつほど美しく育つ記憶という、何よりも得難たい宝石を持つことができる。彼らは青春時代という宝石の置き場所をちゃんと心得ている人間たちだ」と話されていました。
この作品を、今この時期に見れて良かったと思います。それは当時だったら理解できなかったことがたくさんあると思うからです。そして新たな発見もありました。特に映画の中で語られたキャラクター達の激しさ、強さ、弱さ、を表す言葉の数々。映画の中の台詞に魅了されてしまいました。私が知っている今までの恋愛ものとは違う、野沢先生の作品を見ることができて本当に感謝しています。
野沢先生が亡くなられて、早4年が経とうとしています。今日の上映会は、ご家族にとっても、ご友人にとっても、関係者にとっても、大きな意味を持つ上映会だったのだと思います。今日の開催にあたり、奥様のご尽力はもちろんのこと、上映会開催にご協力いただいた全ての方々に心から感謝の意を申し上げたいと思います。ありがとうございました。






当日はお手伝いありがとうございました。
予想以上に皆さまのご来場が早かったので、早めにいらしていただきとても助かりました。
また、パンフレットの袋詰めなど機転を利かせた配慮にも感謝しています。本当に助かりました。ありがとうございました^^
by 野沢 (2008-04-20 09:01)
野沢様、こんにちは。nice!とコメントありがとうございました。
昨日はお疲れ様でした。そして本当に、ありがとうございました。
私はお手伝いできただけでも、本当に嬉しかったです。
昨日はお天気が良かったので、急遽歩いて行くことをしたのですが、優に2時間ぐらいはかかると思っていたのに、実際は1時間ちょっと。しかも駅を通り越して(笑)撮影所の目の前に出てきてしまうなんて、地図もないのに、これは奇跡だと思います(笑)野沢さんが導いてくれたのでしょうか?(^^)
今回の上映会開催にあたり、たくさんご苦労はあったかと存じますが、昨日の参加された皆様のコメントを読んでいると、本当に楽しかったようで、奥様のご尽力の賜物です。またこのような機会があったら是非、参加したいと思います。何卒よろしくお願いします。
by ピョル (2008-04-20 10:08)
時々、ピョルさんに不思議な偶然を感じてしまいます。
土曜日、偶然ソネットのブログで有名人の中から野沢さんのブログを見つけて少しばかり読んで見た作品を思い出していたのです。
by noel (2008-04-20 22:26)
こんんばんは。
私も先日の上映会に参加させていただいた者です。
ネットで検索したところ、こちらのブログにたどり着きました。
メモをとる余裕がなく瀬田さんの話も、ぼんやりとした感じでした。
(辻さんと甲斐さんへの作詞依頼は覚えていましたけど)
こちらのブログには、先日のことがとても詳しく書かれていて、
私にとっては良い復習?になりました(笑)
ありがとうございました。
また、次回も同じ時間を楽しめたらいいですね!!
by シリウス (2008-04-20 23:26)
noel様、こんばんは。nice!とコメントありがとうございます。
そうなんですね!!通電(←のだめ風、笑)でしょうか?
実はこのblogを通じてお話している何人かの方から同じように、偶然を感じることがよくあります。本当に、通電(電波を通じて)してるかも・・・(苦笑)
言葉を交わすことによって、何かお互いの中に通じるものがあったり、できたりするのかもしれません。noel様とは「のだめ」やジェーン・オースティンなどでも同じ感覚をお持ちなようなので、嬉しいです!
by ピョル (2008-04-20 23:33)
シリウス様、こんばんは。初めまして!コメントありがとうございます。
土曜日はお疲れ様でした。風の強い中、たくさんの方がいらっしゃっていましたね。年齢層も幅広くて、私は男性でお一人の方が多かったのが少し驚きでした。でも野沢先生の作品は、やはり男性にもたくさんのファンが多いのでしょうね。私は恋愛ものばかりだったので・・(苦笑)
また次回、このような機会があったら私も是非、参加したいと思っています。本当に楽しい貴重な時間でした。
by ピョル (2008-04-20 23:36)
こんばんは。
初めてコメントさせて頂きます。
土曜日はお疲れ様でした。
本当に良い時間を過ごすことが出来たなと、自分のブログで
更新をしながら改めて実感を噛み締めていました。
映画は言うに及ばずですが、裏話もあって、とても貴重な一日
だったかなと思います。
野沢さんの作品は、映像として観てないものが殆どなんです。
今回のラストソングもそうでしたが、素敵な作品がこのまま眠って
時間を重ねていくのは勿体無いなと思います。
野沢様や関係者の方々にはご苦労をお掛けする事にはなると
思うのですが、これからもこうした上映会が回を重ねて頂けたら
なと思います。
またこうした機会があったら、楽しみたいですね。
by joker (2008-04-21 01:29)
joker様、おはようございます。nice!とコメントありがとうございました。
突然の訪問にも関わらず、暖かいコメント、ありがとうございます。
土曜日はお疲れ様でした。今、考えると数ある野沢先生の作品の中で、「ラストソング」を選んでくださった奥様に感謝したいと思います。
私も初めて見る作品でしたが、公開当時予告編で、「友達をなくしたことがありますか?」という印象的な台詞と、一也が歌ったラストソングは何故か、今でもはっきりと覚えていました。だからこの台詞と歌を聴いた瞬間に、あの頃に引き戻されそうになりました。
おっしゃるとおり、野沢先生の作品にはまだまだこうした作品がたくさん眠っているような気がします。今回は作品の素晴らしさとあいまって、本当に貴重な経験をさせていただきました。また次回があったら、参加したいなと思います。ありがとうございました。
by ピョル (2008-04-21 07:29)